日記

今日は、駅前に、

「北のお~酒場通りには~」

と歌うおじさんがいなかったので、

帰り道、駅前広場を通る時、歌声がなくて少し寂しかったけど、季節を問わず、変なジャンパーを着て、リーゼントヘアーをしている、あの変なおじさんに会わずにすんで、少しだけホッとしました。

 おじさんは、僕が小学生くらいの頃から駅前にいて、その頃は、矢沢永吉の

「オ・ブラ・ディ・オ・ブラ・ダ」

ばかりを熱唱していましたが、

当時はバックバンドもいて、

 昭和の洗濯機が発明される前に使われていたような金だらいをドラムと思って叩きまくってるおじさんのおばあさんや、ところかまわずウンコをするおじさんの飼い犬、野球少年がファールフライを窓に叩き込んでくることにブチギレ続けているおじさんの父さんなどが、全員頭に

「僕は、イタイイタイ病を告発します!環境汚染を許すな、カニクリームコロッケパン!」

と書かれたバンダナをして、フランス語でしきりにPAに指示を出していました。

 その当時PAをしていたのはロバート・レッドフォードに似たハンサムガイで、彼はバンドメンバーにフランス語で何か言われると、流暢な中国語で呂氏春秋の呉越同舟のくだりを暗誦して見せたので、その度にオーディエンスのジジババが、町内会勢揃い!といったていで、

「貧乏は敵だ!

クーラーをつけずに、自然の暑さをありのままに体感して生きよう!

クールビズ、

サマータイム、

そう、僕たちは、宇宙と一つに、

繋がっている!」

と、今時ビートルズも歌わないようなことを合唱し始めました。しかし、ロバート・レッドフォード似のPAは春秋や淮南子のことしかわからなかったので、そんな風に町内会のジジババふぜいに宇宙のことを持ち出されて騒がれても眉ひとつ動かさず、

「オー、

シャットユアファッキンマウス、

騒ガナイデクダサーイ、

今、ライブ中デース

音楽、

キイテクダサーイ」

と注意しました。

 そして、そんなふうにしばらく活動を続けていたバンドでしたが、伊丹十三が「たんぽぽ」を撮影したり、池田大作がオナニーしたり、リュック・ベッソン監督が生まれ育ったりしているうちに、夏休み小学校の校庭に一列に並んだ朝顔の花が始業式には全鉢しぼんで汚な茶色いゴミになっているように、いつしか59回に及ぶメンバーチェンジの末、ついにロバート・レッドフォードとおじさんのアコースティック・デュオにまで成り下がっていたバンドは、

「梅田の歩道橋の上でライブをすれば何か変わるかもしれない!」

「そうだ、僕たちは、宇宙と一つに、繋がっているー!」

と主張するおじさんと、淮南子の一節を未だにうまく暗誦できないロバート・レッドフォードの極度のモチベーションの低下により、地元の廃校の一室を無許可で貸し切って行われた、

「廃校貸切、ミック・ジャガーの人生相談ロック!!」

と題された、観客が『恐怖体験!アンビリーバボー』の心霊コーナーの出演以来仕事がなく食い扶持にあぶれた幽霊しか来なかったトークショー(※この時、幽霊のたたりでおじさんの飼い犬が青白いテトリスのパーツを吐いて死にました)を最後に、解散してしまったのでした。

 解散後、ロバート・レッドフォードはデロリアンに乗り、

「私ハ、北周ノ、宦官ニナリ、天子ヲ、擁立スルンダアー!!」

と言いながら、

(そのデロリアンは、本当はただの軽トラで、ただの軽トラだということを、疲れ切った表情の淮南子マニアに、言い出せる人は、誰もいなかった)

心の底で一瞬、

「アレコノデロリアン、ドアガ、ガルウィングジャ、ナイ

と思いながら、福岡行きのフェリーに正面から突っ込み、

帰らぬ人となりました。

 そして死後、おじさんが、何も知らずにローソンのチュロス代を借りようと、ロバート・レッドフォードのアパートのドアを業務用ハンマーで叩き割ると、

そこには壁一面に拙い字で

「ロック

とかけまして

パンクロックと

ときます

その心は

どちらも

内田裕也でしょう」

と血文字で書かれた習字の紙が、文鎮ごと壁に何枚も何枚も貼られていました。

その様子を見て、

おじさんは、

「この文鎮、まとめて売れば金になる!!」

と一瞬で悟りました。

 そして、文鎮をホームセンターに持って行ったおじさんは、

若いバイト店員の

「と、当店では、か、買取とかはやってないと思います。」

の一言で全ての思いを打ち砕かれ、

これまで自分がロックバンド、

「ミニミニ大作戦」

のボーカルとして

北原白秋の

「日本昔ばなしのOP曲」

を深刻に暗誦していたのも忘れて、街を彷徨う哀れな家無き子となり、約40年後の今日、たまたま町のカセット屋で流れていた

「北んのおー」

の曲を耳で聞いて覚え、以来その出だし部分だけを、今日まで、歌い続けているのでした。

 最後に、僕は、小学生の頃、当時はまだ、

「武富士のCM曲」

を熱唱していたおじさんに、一度だけ、指を包丁で執拗に刺されながら、こう、言われたことがあります。

「『我思う、

故に我あり』

と言ったのは、

ショーペンハウアー!」

デカルトだよ、

僕は血走ったおじさんの瞳を眺めながら、ちぎれ落ちた自分の指を見下ろしながら、僕自身の蒼いコギトの中で、おじさんの言葉を訂正したのでした。

日記

僕は今日、道端でひたすら小石を数えました。

小石を数えていると、ひたすらに心が落ちつき、

だんだん自分が小石なのか、マイケル・ルーカーなのかわからなくなります。

もちろん僕は、そのどちらでもないのですが。

(このセンテンスで僕が伝えたかったのは、

「僕は小石でも、マイケル・ルーカーでもない。」

ということです。)

ところで僕は今日朝バイト先へ行くときに電車で10円玉を落として拾おうとしたら拾った中学生が僕の方を振り向いてきょとんとした顔で拾ったお金を僕に渡してくれたのですがきょとんとしすぎていて中学生はお金を僕の手のひらのだいぶ上の高さからサイババが信者に砂まく時のような高さから落として再び10円はころころと電車の中を転がって行ったのでした。

僕はそうやって遠くに消えて行く10円玉に心の中でそっと「さよなら」といいました。そして頭の中ではサザンオールスターズのさよならベイビーが流れ始めましたが僕はサザンオールスターズのさよならベイビーをサビのちょっと前からしか知らなかったので頭の中に浮かぶさよならベイビーは玉音放送のSP盤みたいに途切れ途切れにしか聞こえませんでした。なので僕は頭の中に流れる玉音放送のようなさよならベイビーを聴きながらこのさよならベイビーは玉音放送みたいに聞こえるなって思いました。

それから昼ごはんは牛すじ肉とふかひれを煮込んで作ったうるめを食べました。

今日は日記はこれだけなので最後に今日考えたゲームを2つ紹介したいと思います。

1つはアーノルドシュワルツェネガァーしりとりです。

もう1つはシルベスタースタローン非しりとりです。

どちらも1人で遊ぶゲームなので、友達のいない人は是非ためしてみてください。

日記

今日は甲子園を見にボーリング場に行きました。

受付のお姉さんに靴のサイズを聞かれて、

「どうしよう、言えない、これは僕の大切な個人情報だ、知られるわけにはいかない。そういえばオウム真理教の死刑囚は13人全員死刑になったけど、林真須美はどうなったんだろう?引っ越しおばさんは?ライフスペース会長は?ビリーズブートキャンプとかやってた黒人は?みんなどこへ行ったんだろう。どこへ行ってしまったんだろう…。」

そんなことを考えて少しセンチメンタルな気分になっていると、一方甲子園では熱中症で全てのモグラと全てネズミと全ての8号門クラブ会員が死んで、”甲子園カレー”を炊いている鍋から、

『アアアアァー』

とサイレンの音が鳴っていました。

しかしボーリング場の僕はそんなこと知る由もありません。

とりあえず靴のサイズを知られるのが絶対嫌だった僕は、お姉さんの話を必死にはぐらかそうと、お腹の痛いふりや、アメリカンバッファローに襲われた人のモノマネをしたりしてその場をやり過ごそうとしました。

するとなんとか「常日頃から下駄を履いてるというより買ったことに満足して下足箱に飾ってそうな気がするからオーケー。」と謎の許可をもらい、レーンに案内されたのですが、次に待っていたのはデカデカとポンド数が書かれたボーリング球でした。

もちろんボーリングの球の重さも知られるわけにはいきません。しかもここはボーリング場、あちこちに監視カメラがしかけてあり、隣で仲間の誕生日パーティーみたいなのをやってるダッサい大学生たちの視線もあります。1個手に取っただけでマイナンバーカードの裏になんと書かれるかたまったものではありません。

僕は慌てて受付のお姉さんのもとに駆け寄り、

「すみません、黄色のマッキーはありますか!?」

と息を切らせて尋ねました。するとお姉さんは何かわかったような目配せをし、咳をしながら最寄りのコンビニへの道を教えてくれたので、僕はお姉さんに一礼してから、ポケットに入っていた、子どもの頃おじいちゃんにもらった気がするカンロ飴を一粒あげました。

そして街へ飛び出した瞬間、街はそれまでと様子を一変していました。そう、そうです。なぜなら今日は甲子園の日だったからです。そうなんです。今日は甲子園の日だったんですよ。日本中で一番警察の人が忙しくなるといわれる日でおなじみの甲子園の日です。街は放水車と火炎、他人のボーリングの球の重さを見ようとするギャング達で溢れ、僕がいこうとしたコンビニは黄色のマッキーを求める人たちでごった返していました。

そして、その時です。

不意に、街中のスピーカーがプツリと放送をやめたかと思うと、くぐもったおじさんの声がゆっくりと流れ始めました。おじさんは最初、ゆっくりとカーペンターズのイエスタデイ・ワンス・モアを歌ったあと、僕たちに向けこう言ったのです。

『今日の…都立うんち小学校と…私立ハイエロファント高校の試合は…中止となりました…繰り返します…今日の…私立なんとかかんとか高校と…都立なんとかかんとか小学校の試合は…ボーリングの球の重さを見ようとする人たちの暴動により…中止となりました…カンロ飴…トクベツ…トクベツ…ヴェルターズ・オリジナル…繰り返します…』

おっさんの放送は3年くらい続きました。

僕は高校生が小学生と卓球で対決するなどあってはならない、と思いました。

日記


今日は

レーガン大統領と食事に行きました。

サイゼリヤに入ると、レーガン大統領はさっそくシャンパンを頼もうとしたので、

僕はレーガン大統領に、

「レーガンさん、サイゼリヤにシャンパンはありませんよ。」

と言いました。

すると、レーガン大統領は僕の言ってることがわかったのかわからなかったのか、

「オーケー、オーケー。」

と言って、今度は“ブルターニュ地方のワイン”を頼もうとしました。

なのでまた僕は、レーガン大統領に

「レーガンさん、サイゼリヤに”ブルターニュ地方のワイン”はありませんよ。」

と言わねばなりませんでした。

すると、レーガン大統領は拗ねてしまい、

サイゼリヤの店員さんを呼ぶボタンを高橋名人の16連射するときみたいに押し始めたので、

これは個人の問題かな、と思い僕は注意しませんでした。

僕とレーガン大統領はサイゼリヤで王将定食とココナッツミルクパウダーを食べ、顔中粉まみれになって、それぞれ河川敷の段ボールハウスに帰りました。

帰ってから増水に備え、土手に穴掘るビーバーさんの真似をしながら、家の周りに簡易的な泥の堤防を作っていたら、中学生がライターで僕の家を焼いていました。

青空の下、ライターの火にあぶられ、メラメラと燃え上がる家を眺めながら、なぜか僕の頭の中には一青窈の「もらい泣き」が流れていました。

今晩はレーガン大統領のホワイトハウスに泊めてもらおうと思います。

2人分のスペースが、あれば良いのですが。

GRASAM ANIMAL presents『at the Ruby Room vol.1』@渋谷RUBY ROOM 2018/2/11(日)

2/11、東京でSuper Ganbari Goal Keepersのライブを見てきました。

会場は渋谷のRuby Room

GRASAM ANIMAL主催の『at the Ruby Room vol.1』というイベントです。

出演は

GRASAM ANIMAL

Mississippi Khaki Hair

Super Ganbari Goal Keepers

3バンド。

オープン18:3019:00スタートみたいな感じでした。

Super Ganbari Goal Keepersはいきなりトップバッター。

演奏時間は45分ほどだったと思いますが、音源自体少ないので音源にある曲はだいたい聞けたかなという印象。

僕はアホなので曲名とかをあまり記憶する能力がないのですが、だいたいの聴きたい曲は演奏してくれたという感じで後半はかなり(まだイベント残ってるのに)帰ろうかな・・という思いでいっぱいになりかけていました。

バンドはおそらくギターの方がいなくて3人編成で、ボーカルの方がギターも全部やっていました。

演奏は音源で聴く繊細な感じとは打って変わってかなりダイナミズムに溢れる荒々しい・・けどパンクというわけでもロックというわけでもないような、でも演奏の基本はちゃんとできてる人の演奏、みたいな割合かっしりとした演奏でした。

けれど完全に完璧というわけでもなくきっちりと演奏に酔うみたいな気持ち悪いところはなくていけるところ全力でいくぜ!みたいなオラオラ感があり、ボーカルの線の細さに反比例して何でその歌の内容でこんなに演奏ハーコーなの?と思わないでもないでした。しかしこれで演奏もナヨナヨにあわせてたら本当に何か聴く価値があまりないというか・・・。

「これが俺らや!煮るなり焼くなりしてくれ!!」

みたいな感じが全面に出ていて良いなと思いました。

MCでは童貞なんです僕たちみたいなことをおっしゃっていました。

しかし会場に集まった女性多めの客層には割合優しく受け入れられていたような感じがして、こういうキャラもここで定着しているのかなあと思いました。(どうもここを拠点にライブ活動をしているようなので・・)

そして次はMississippi Khaki Hair

サウンドチェックでいきなりジザメリを歌い出したのであーそっち系か、と一瞬「もういいかな・・」と思いかけましたが、いざライブが始まると今それをやる理由がわからないくらい、でもかっこいいバッキバキのニューウェーブサウンドで地味にこの日一番「何者!?」と思いました。しかも大阪のバンド!いや、大阪と言われると納得な感じもあるのですが心斎橋とかでこの人たちの名前聞いたことない・・。一体普段どこを拠点に活動されているのでしょうか?あとボーカルの人がバイト先にいる人とかなり似ていました。曲はワンパといえばワンパかもしれませんが、きちんとオナニーではなく盛り上げるために作られた曲の連続という感じで、意外と長身のギターの方がとても良い感じのギターを弾かれていて、なんだかバンドメンバー全員趣味同じような感じなんだろうなーと思ってすごく後半楽しく見ることができました。あと大阪の人なのかMCもちゃんとウケていました。友達がグラサンアニマルしかいない的なことを言っていたので本当に大阪ではあまり露出していないバンドなのかもしれません。しかし東京でこんなふうにいい感じでライブできてるなら大阪とかでわざわざライブすることもないのかなと思いました。

最後は主催のグラサンアニマル!!

正直このライブも11日することがなくて何かないかなーと思っていろんなバンドのツイッター眺めてたらたまたまライブすることを発見して、「お、いけるやん!!」と思って行ったので主催のこの人たちのことも10日の夜夜行バスに乗るまで音源も聴いたことがありませんでした。

しかしたまたまApple Musicに音源があって聞いてみたら衝撃!

なんか目新しさとかはないのですが日本の芸大とか大学の音楽サークルに根付いた「日本語ロック」みたいなやつのかっこよさの最新版みたいな感じで、ベースはガレージロックなのですがリズムの感覚がちょっとワチャワチャしていてとてもおもしろいです。そして結構コーラスで曲を盛り立ててくる系なので聴いていて無駄がないというか、隙間ができたらキーボードで変なメロディ弾いて穴を埋めようとするようなバンドの1000倍良いと思いました。あとなんかどことなくブランキーぽさというかああいう「ロック」リスペクトな感じがあってそれもすごくハマりました。とにかく夜行バスの中で4回くらいアルバムを聴いたと思います。

そしてこの人たち主催ということもあってライブは予想通りの大盛り上がり。。。

アンコールもたしか3曲くらい歌っていたのではないでしょうか?

なんだか僕は心が狭いので長髪でありそーな感じの「ロック」を演奏してる人を見ると「はいはい軽サー軽サー」と差別してしまうところがあるのですが、軽サーにも良いバンドはいるなと改めて自分の心の狭さを醜く思いました。サンボマスターのアルバムタイトルを引用すると(聞いたことないけど)「新しき日本語ロックの道と光」という感じがしました。というかあのアルバムもう14年も前のアルバムなんですね。サンボマスターって今何をやってるのでしょうか?全然興味が湧きません。

P.S.後でツイッターを見ると観客にザゼンボーイズの方がいたようです。ザゼンボーイズも今何やってるのか全く謎です。早くまた6本の〜とか歌ってほしいです。

SINKAGURA x RNR TOURS presents 「DEAD NECK(from UK) x ACTIONMEN(from Italy) JAPAN TOUR 2018」@心斎橋新神楽 2018/1/12(金)

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行きました。意識してなかったけどめちゃくちゃ久しぶりのライブとなりました・・。

 

出演は

 

DEAD NECK(UK)
ACTIONMEN(Italy)
THE MY BABY IS A HEAD FUCK
LASTEND
withrum
Stupid Orange(群馬)

 

 

の6組。

僕はもう完全にActionmen目当てでした。

 

 

 

この日は19時までバイトがあったので会場についたのは19時半ごろ(鬼の近さ)。

ちょうど群馬のStupid Orangeというバンドが演奏を終えたところ。

「憧れのこのステージに立てて嬉しいです!!」

みたいなことを言っていました。

曲も荒々しい演奏ながら若さ溢れるという感じでバンドという単位で好感が持てました。

 

続いてLASTEND、THE MY BABY IS A HEAD FUCKと大阪勢が続きます。

 

LASTENDはMCでActionmenの方とやりあっていたこととか、MCのおもしろさばかり印象的で曲はあまり覚えていません。

よくないですね・・。記憶力ないのになんでライブレポとか書いているのでしょうか・・。

 

THE MY BABY IS A HEAD FUCKはなんだか非常にオールドスクールなものを感じたバンド。

悪くはないですが良くも悪くも趣味だなあという感じで、所ジョージのガレージを音楽にしたらこんな感じなんだろうなという印象。

記憶が薄いとどんどん辛口になっていってしまって辛いですね。。

ただ曲の完成度はこの日見た日本人バンドで一番だったと思います。甘いメロディのパンクってエバーグリーンな魅力ありますよね。

 

そして満を持して登場したアクションメン!!!!

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どんな演奏を見せてくれるのだろうとそわそわしながら開始を待ちます。そして演奏がスタート!

すると音源からは(といって何年も前の音源ではあるのですが)

想像がつかないドラムがうなりそれに促されるまま何かジャンルとかそういうものぜんぶ突き抜けてどこかへ行こうとしているようなそんな超絶ハードコアな漢演奏!!

 

正直事前に予習バッチリ決めた音源からの曲がなさすぎて自分が何を見ているのか、

曲として「これやってくれてうれしい!』的な事は一切ありませんでしたが、

ものすごい質量のエネルギーの塊を圧縮してぶつけられたという、まさに圧巻としか言いようがない演奏でした。

ラストはドラムの方が「このドラムあかんな!」的なことを言って唐突に「Last One!」といって燃え尽きるようにあっさり終了。

 

 

お客さんがあまり入ってないこともあり盛り上がりがなぜかそんななかったこともあり、

おそらくいろいろあったのだと思うのですが、まあそんなこんなでアクションメンのライブは体感時間0.5秒くらいで終わりました。

ただ全く聴いた覚えのない音源ばかりだったわりには本場の漢ハードコアを図らずも偶然一身に浴びることができたという嬉しさ、満足度が高く、

そのまま物販で(5000円くらいしか買えませんでしたが)いろいろ買って帰宅。

Dead Neckもちょっと見たのですがなんだかActionmenの感動を反芻しながら一人で道を歩きたい気分だったので帰ってしまいました。

 

心斎橋新神楽は初めて行きましたが結構良いところでした。

梅田みずたばこ巡り

連休の間梅田で水タバコのお店を3つ巡りました。

水タバコは9月に静岡の浜松にある水タバコ店に連れて行ってもらいそこで初めて吸ったのですが、あの謎にソフトで煙に味がある感じにハマってしまい、その時一緒に行った友達と今度は大阪でも行こうということで、数人入れる大きさの水タバコ屋さんを探そうということで下見的な感覚で何件か廻りました。ざっくりメモ程度に感想をまとめておこうと思います。※一部感想に罵詈雑言多く含まれるので店名等は控えさせていただきます。※あくまで個人の感想です。

1軒目

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ファッキンサブカル!!
金持ちのガキが自分探しで大学時代中東とかそこそこ遠くて安い値段で行ける異国をぶらぶらした結果なんかの拍子でシーシャに出会いなんとなくその店をクソ安い大阪の街はずれのボロ屋借りてやってるだけという感じのなんのポリシーも感じないゆるい店!

サブカル大嫌いなので入った瞬間そのヌルマ湯感に思わず頭の中の張本勲が暴れ出し一呼吸1000回の「喝」が脳内に轟くシーシャを吸ってリラックス~という余地もないゴミ店だった!!本当に今思い出しても喝!大学生が大学生のために大学の学祭でやってるテキトーにボロいテントにブルーシートかぶせたような店より質が悪い!本当に喝!シーシャ吸って頭おかしくなってるのか単純にもとから頭がおかしいのかわからないがこの店のある区画の部分の土地だけ東京都に買ってもらい東京オリンピックで使ういらないカラーコーン置き場にするためにブルドーザーでただちに更地にしてもらいたいと思うほど吐き気がした!良いところはないが強いて言うなら周りがバカばっかりなので優越感と余裕を感じながらシーシャを味わうことができる。しかしバカに囲まれる不快感と嫌悪感の方が上なので結局中にいればいるほど評価はマイナス!これなら店の外で悲惨な店内の光景を眺めながら紙巻タバコを一本吸った方がよっぽど有意義な時間を過ごせると断言できる!本当に今必死に良いところを思い出そうとしているが店の細かいディテールや客や店員の様子を思い出そうとすればするほどブチ切れそうになる。大阪の気持ち悪いサブカルのすべてが集結した忌むべき店!不幸の塊のような闇のオーラが細木数子の痰のように蓄積している。間違いなく一歩足を踏み入れただけで地獄に落ちる店。

雰囲気:電信柱の上にあるムクドリの巣の方がマシ
コスパ:1ジンバブエドルでも損
店員:湯川さんに似てる
良い点:周りを見下せる 世の中にひどいものがあることを学べる バカの生態を観察できる
悪い点:エクセルの行と列全部使っても悪い点をすべてあげられないくらい悪い点が多いところ

2軒目

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地中海料理屋さんがシーシャも出しているという感じの店。
店は阪急東通り商店街から少し折れて大東洋に出るまでの道のはずれにある。
単純に上の店より店内は清潔にしており謎のエスニック系のトランス音楽がガンガンにかかっていてサブカルというよりはポリシーをもってこういうカルチャーが本当に好きな人がやっている店という雰囲気があり店内は狭いが掃除も行き届いているように感じた。
しかし残念なのが比較対象が1軒目にいった店しかなくその情報を片手に比較することしかできなかったので正直「すべてが上」くらいしか言える言葉がない。もっと水タバコに詳しければ種類とか味とかにも詳しくいろいろ書けたと思うが、とにかく入った時最初に感じたのは「いや、やっぱりまともな店はまともやんけ!!」という誰宛でもない怒りと、「もしこの店にもアレなところがあったらどうしよう」という不安だけだった。その不安は店内でしばらくいるうちにだんだん解消されていった。

シーシャのメニューはだいぶ年季が入ってボロボロだがかなり詳しくシーシャの紹介文が書かれており、テキトーにワードで作ったような1軒目の店のメニューとは雲泥の差だった。また料理店ということで店を出る前にはかなり良い匂いも厨房から漂いつつあった。ご飯を食べながらシーシャも吸えるという意味で、これを両方一度にやりたいという時にはかなり強い選択肢になり得ると思う。
シーシャの味は静岡で吸ったものよりもマイルドで味が濃い印象だったが、これは吸ったシーシャの銘柄にもよるのかもしれない。席が二回だったので炭替えるのめんどくさいし強めに炊いとくかーということだったかもしれない。店員のお兄さんはいかにもそういうの好き系だったが結構ノリが軽く常連ぽい女の人とコンドームがどうみたいな話をして笑っていた。そういう部分は1軒目の店の店員とそんなに変わらないものを感じた。

雰囲気:中東的というより地中海的。そこまで民族感はない。シーシャいっぱい並んでる
コスパ:銘柄によって違う
店員:バックパック背負ってインドにいそう
良い点:お洒落 そこまでイケイケ感もサブカル感もない
悪い点:悪い点は特に見当たらないが、常連さんの質はあまりよくないかもしれない

3軒目

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「窪塚洋介来店!」「店長26歳趣味タトゥー」とか書かれていていやこれ一番やばいだろ、と思っていた店。しかし東京には何軒かある店のチェーン店ということでビルの7階にある店は思いの外店員さんの服装や接客も一応のプログラムというかそういうきちんとしたフォーマットがある上でやっている感じがして、店内も客席の間隔やソファのリラックス感も良く思いの外しっくりきた店。

店の壁には窪塚洋介のサインがあり、ビルの7階にある店なのだが、窪塚洋介はこれよりも1F高いところから飛び降りて無事だったんだなあと思うと改めて窪塚洋介のポテンシャルの高さに胸が締め付けられる思いがする。さらにノースビレッジという窪塚洋介の自伝などを出す出版社がやっている店らしく店内には出版社の著作、主に窪塚洋介の著作が並んでおり、生まれて初めて新品の『放尿』を手に取ることができ目から尿が漏れそうになった。

そしてなんだかんだ軽いタッチで文章を書いているが、店内に流れるノリノリのタイのポップスを普通に口ずさんでるやばそうな店員さんに「おまかせで」と頼んで出てきたシーシャはいろんな果物をミックスしたすごく良い感じに甘い味わいで正直今の所ダントツで一番おいしいなと思った。またこのお店は唯一店員が二人で下ネタ話しをするのではなく(めっちゃ好きそうだけど)新しくできたシーシャの容器を海外から取り寄せるかどうか、みたいな真面目な話をしており、店内すべてにみなぎるチャラチャラした空気はおいといて全体的に非常に好感がもてた。日曜の18時から20時という時間帯ももしかしたらかなり良かったのかもしれない。

雰囲気:暗くてLDHの事務所ってこんな感じなのかなとちょっと思う
コスパ:オープンしたてらしく良心的
店員:BGMの曲を接客しながら歌ったりして少しこわいが悪気はないのだと思う 良い人感がある
良い点:窪塚洋介のサインが書いてある
悪い点:店内にメニューがない 店のHPにもメニューがない インスタグラムにしか金額書いてない(でも聞いたら教えてもらえるし丁寧に説明してもらえる) 若干店内に窪塚洋介テイストが強すぎるので、窪塚洋介ニストではないとむせる

The Fall 『New Facts Emerge』 レビュー (5000字)

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Track List:

  1. Segue (Mark E. Smith) – 0:30
  2. Fol de Rol (Dave Spurr, Keiron Melling, Smith) – 6:35
  3. Brillo de Facto (Spurr, Melling, Smith, Pete Greenway) – 3:49
  4. Victoria Train Station Massacre (Spurr, Smith) – 1:14
  5. New Facts Emerge (Spurr, Smith) – 4:02
  6. Couples vs Jobless Mid 30s (Spurr, Melling, Smith) – 8:44
  7. Second House Now (Spurr, Smith, Greenway) – 4:28
  8. O! ZZTRRK Man (Melling, Smith) – 3:50
  9. Gibbus Gibson (Spurr, Smith, Greenway) – 2:37
  10. Groundsboy (Spurr, Smith, Greenway) – 3:38
  11. Nine Out of Ten (Smith) – 8:48

total time – 48:15
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The Fallの32枚目となるアルバム、『New Facts Emerge』がリリースされた。ここ最近はずっと安定した活動を続けていたThe Fallだったが、昨年後半からこのアルバムのリリースにかけて、バンドにはいくつかの大きな出来事が起きていた。

まず最も大きな出来事は、2001年にボーカル、Mark E Smithと結婚し、それからはキーボード奏者としてバンドに無尽の貢献をしてきたElena Poulouの突然のライブ活動休止、そして脱退の一幕だろう。おそらくMES氏との軋轢が脱退の原因と思われるが、このキーボード奏者の脱退はファンにも大きな衝撃を与え、ここに1976年の結成以来、バンドのキャリア史上最長と言われた2007年からの不動のラインナップの一角が崩れ、バンドは2001年のアルバム『Are You Are Missing Winner』以来2枚目となる、メンバーに一人も女性が含まれない、完全男所帯でアルバムの制作へと突入した。また、このアルバムはバンド初となる、収録メンバーにキーボード奏者がいないアルバムであり、録音時の4人というメンバー数もおそらく史上最小のものと思われる。前作『Wise Ol’ Man』までの、盤石な体制で着実に一つの路線を維持しつつ、その世界観の中でひたすら質を磨いていくという職人的なアルバム制作の方向性は、一つの終わりを迎えたと言っても良いだろう。当初2月と噂されていたアルバムのリリースが5月になり6月になり、とうとう7月の末までズレ込んだのも、このアルバムの制作がいかに困難で、アクシデントに見舞われたものだったかを容易に想像させる。アクシデントといえば、ドラマーのKeiron Mellingが駅で二人組の暴漢に襲われ、重傷を負う事件も起きた。

もう一つの大きな出来事は、バンドが2016年をもって結成40周年目に突入し、2017年5月23日には初ライブからちょうど40周年と、大きなアニバーサリーを迎えたことだ。もっともバンドからしてみればそれがどうしたという、バンドが100周年だろうが明日でラストライブだろうが、いつも通り歌っていつも通り帰るのがこのバンドのスタンスではあるのだが、やはりファンにとっては喜ばしいことには違いなく、この32枚目となるアルバムも、そんな一つの節目を迎えてから初となるアルバムとして、多くのファンから期待と不安を持って待たれていた作品である。

僕は2007年の『Reformation Post TLC』頃から続く、一定の音楽性をひたすら深化させていく方向性、悪い言い方をするならマンネリ気味のThe Fallには、アルバムを聴くたび新鮮さがないという意味で、ある種の幻滅をずっと感じていた。特に前作『Sub-Lingual Tablet』は音楽的な完成度は非常に高く、それまでバンドがやってきたことの「正解」をすべて詰め込んだような快作であることは間違いないものの、それをバンドの新譜としてパッケージした時に、ここまで意外性のない音楽作品になってしまうのか、という意味で、非常にショックもあった。これはボーカルMES氏の音楽趣向と、それを完全に音として表現してしまえているのであろうメンバーのミュージシャンシップの高さが、化学反応を起こさないでそのまま結実してしまっているが故に起こる、聴き手側の感想としてしか存在しえない一方的な「面白みのなさ」ではあるのだが、『Fall Heads Roll』以前の、例えば『Code: Selfish』や『Levitate』などの乱雑なアルバムにあった、メンバーの誰もMES氏の思った通りの演奏はできてないんだろうけど、その荒廃した音の世界をMES氏のボーカルが一人で音楽にしてしまっている謎のスゴさ、みたいなエネルギーが大きく欠けている気がして、そこをバンドの面白みだと思っていた僕は、Elena Poulou氏のドイツ人らしいカッチリとした感性もおそらく一役買っているのであろう、まとまりがありすぎてそれが逆に従来の野趣的ならしさを奪っているような、でもそのおかげでかつてなくしっかりと音楽(曲)を演奏できているThe Fallを聴けてうれしいような悲しいような、そんな好悪の感情入れ混じる現在のバンドの姿を、ずっと『いつか崩れないかな?』『それともこのまま上り詰めるところまで上り詰める方がおもしろいのかな?』と、将来への期待と不安をはらんだ優柔不断な態度で聴き続けてきた。

おそらくMES氏がここまでミュージシャン贔屓になり、素人的な演奏を毛嫌いするようになった原点には、2007年の『Reformation Post TLC』及びその直前のアメリカツアーでの、アメリカのバンドDarker Than Blackのメンバーを起用したことによる、「アメリカのプロミュージシャンすげー!!」という素直な驚きがあるのだろうし、そこには”Post TLC”こと、アメリカツアー中にMES氏を置き去りにして国に帰った元メンバー達と、彼らの体現するイギリスのミュージシャン希望の「楽器やってます的な若者」への否定的な想いもあるのだろう。しかしそれが演奏の洗練とMES氏の肉体的な老化により、一種の、”うだつの上がらないポストパンクバンドの復活作”的スカムさを感じさせるところまでキていたのが前作、『Sub-Lingual Tablet』の危うい部分だった。

しかしその危うさを本人達も自覚したのか、その1年後にリリースされたEP、『Wise Ol’ Man』ではバンドはまるで先祖帰りするかのように、「破壊」の方向にギアを入れる。

振り返ってみると2007年から続いたバンドの”堅実”ラインナップのキャリアは、常に一つの方向性が煮詰まれば次の作品で一度それの解体に挑戦し、ある程度紐がほぐれたらまた同じ結び方で結び直すような、正しい結び方を見つけるための同じ挑戦の繰り返しだったのかもしれない。そして『Sub-Lingual Tablet』でその繰り返しが自己模倣の香りを放ち始めたところでリリースされたEP『Wise Ol’ Man』は、確かに前作で到達してしまった一種の腐敗臭から離れたいというバンドの意思を感じさせつつも、しかしほぐしたところでもともと一本の紐だったもののは、いくらほぐしてももとの紐の長さ以上のものにはならないという、”堅実”ラインナップの化学反応の限界と、「あ、これ次のアルバムでまた『Sub-Lingual Tablet』みたいなことするな。」という、解体されたものがすでにその段階でそこから生まれる次作を予感させているような、どこかその場しのぎ、予定調和的な色合いを感じさせる作品だった。
おそらくElena Poulouの脱退がなければ、『New Facts Emerge』はそんな、『Wise Ol’ Man』の前編にみなぎっている、「『Sub-Lingual Tablet』っぽくない『Sub-Lingual Tablet』」をただただ体現しただけの作品になっていたものと思われる。
しかし、では『New Facts Emerge』がそんなここ数年のThe Fallのマンネリ感、自己模倣感を根本から打破する、これまでにない全く新しいタイプの作品なのかというと、これがそういうわけでもない。このアルバムは一聴しただけでElena Poulouの脱退がバンドから持って行ったものの大きさがわかるし、そこから新しいものが生まれようとしているのもわかるが、まだ完全に産声を上げる状態にはなっていなくて、ただぽっかりと空いた重要メンバーの喪失という穴から、その中で途方にくれつつも一方でその状態を楽しんでもいるような、バンドとMES氏の姿が垣間見える、そんな「ショック状態のバンドのドキュメント」とでも言うべき作品で、純粋なアルバムとしての完成度は、『Ersatz GB』より高くない。
そもそもElena Poulouが脱退したとはいえ、残りのPeter Greenway (Gu)、David Spurr (Ba)、Keiron Melling (Dr)のメンバーはこれまでと全く同じだし、MES氏の曲に対する趣向もこれまでと一切変わっていないのだから、単純に、これまでのメンツで作られたであろう新譜から、編集で1の音を削った4の音がコレ、と言われれば、まさにそれとしか言いようが無いくらい、前作までの過程を、多少蛇行しながらもある地点に向かって深化を続ける過程として聴くなら、このアルバムには残酷なまでにマイナスと後退の要素しか見られない。

おそらくアイデアとしては去年のうちにできあがっていたのであろう、「Fol de Rol」や「Brillo de Facto」といった、これまでの既定路線を強く意識させる曲は、そのサウンドからキーボードが抜けているという点以外は全くこれまで通りと言って良い曲で、そこにはこのアルバムを前作以上のものにしようとしつつも、メンバーの脱退というアクシデントとして「ここまでしかできなかった」バンドの能力的な天井のようなものが感じられる。キーボードがなくなったことにより、サウンドとしては贅肉が削がれた印象がし、若干引き締まり、若返ったように見える演奏でもあることは確かなのだが、それはどこかそう意識して作られた音を聴いているというよりは、メンバーの喪失という現実が音に受動的に反映されているような、少し後ろ向きな雰囲気が感じられる。もっともこれはMES氏のボーカル以外の話で、今作におけるMES氏のボーカルワークについてはまた後ろの方で書こうと思う。
少なくとも、メンバーが一人減って、楽器が一つ減ったから、この楽器の組み合わせでしかできない新しい音楽を作ろう、みたいな気概はどこにも感じられない。バンドは去年まで5人でできていたことを4人ですることに必死である。

しかしその中で、唯一希望に感じられるのが、これまでバンドをまとめあげる裏バンマス的存在だったElena嬢が消え、その役割がMES氏に統合されたことで、より一層MES氏の色を感じる楽曲が増えた、ということである。それは一方で過剰なまでのテキトーさだったり、完成にこだわっているのかこだわっていないのか理解できないようなラフさだったりもするのだが、例えば「Couples vs Jobless Mid 30s」や「Nine Out of Ten」という曲は前作までの”堅実”ラインナップには見られなかった、『やりすぎ』の曲である。そして、「O! ZZTRRK Man」や「Gibbus Gibson」のような曲にはどこか90年代よりも昔の、古いThe Fallの薫りすら感じられる。「Gibbus Gibson」の後半のキーボードのチープな響きに、80年代のベガバン時代を思い出すファンもいることだろう。だからもしかするとこのアルバムは、作られた原因こそ、15年以上にわたる功労者のElena Poulouの脱退という非常にネガティヴなものだが、当のMES氏本人にとっては、俺のバンドをやかましく言ってくるやつが一人減って万々歳、くらいの、案外軽い気持ちで作られたアルバムかもしれない。そう考えるとアルバムの妙な仕上がり−前作までを完全に振り切るわけでもなければ、前作の路線を素直につきつめようという続編感もなく、放棄されたところは放棄されたまま、新しくMES氏のミュージシャンシップが強くにじむところは強くにじんだまま−にも納得がいく。つまりMES氏は最初からこの作品でThe Fallが終わる、というような気概で作品の制作に望んでいないし、また、この作品はこのアルバムがThe Fallが何かの段階や目標に達したと、バンド側からのアナウンスと意図して作られたものではない、ということなのかもしれない。そう思えば、また、そのような軽いスタンスでアルバムを出す、ということも、”堅実”ラインナップになってからの、いや、もしかしたらThe Fallの歴史全体を考えてみても、ここまで「とりあえず…」なスタンスで出された作品は、これが初めてかもしれない。レーベルはCherry Redで安定し、結成当初からの固定ファンはMES氏本人が吐き気を催すくらい多くいるし、しかも加入時から意識高くバンドを引っ張ってきた口うるさい妻はもういないのである。そこには一種の空虚さも感じられるが、このアルバムがどこかかつてのMark E Smith & Ed Blaneyといったソロワークに近いパーソナルさを感じさせるのも、そんなMES氏本人の「気の抜け」具合が大きく影響しているからかもしれない。

だがその分、このアルバムは失ったものも多い。特にこれまで育て上げてきた”堅実”ラインナップの演奏と、MES氏の変わらない、そして管理されることのなくなったB級以下の音楽センスは、水と油のように、どこか根本的な部分で交わらない。それは音像的には一種のスカムさとなり、前作まで進行していた、バンドの”発酵”をより加速させている。MES氏が今作である種の自己模倣のような、先祖帰り的な要素を楽曲に盛り込んでいるのも、素直に危険信号だと受け取りたい。過去The Fallのアルバムで、ここまでテンションの落ち込んだ作品は珍しい。このアルバムに褒められる点は非常に少ない。僕にとってはMES氏、The Fallの老化を肌でしっかりと感じた最初の作品となった。このアルバムは聴かなくて良い。MES氏の、The Fallの復活を望みたい。

 

 

 

※このレビューは8/5にはできていましたが、いや、やっぱりもう1回聴いてみよう、もう1回聴いたらちゃんといいところが見つかるはずだ・・とずるずる聞き返していくうちに2ヶ月がたち、結局いいところも見つかりませんでした。よって推敲せずそのまま文章を投げ、供養とさせていただきます。(10月5日)

The Fall 7/27 100 Club, London

 

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セットリスト:
Wolf Kidult Man / Rees / Brillo De Facto / Over Over / Groundsboy / Dedication Not Medication / First One Today / Fol de Rol / Second House Now / New Facts Emerge / Auto Chip 2014-2016 / Snazzy / Blindness (excerpt – with lyrics from Dedication Not Medication) / Fall Sound / Bury // Mr Pharmacist
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27日のライブはロンドンの100 Clubで、Goat Girlが前座、Andrew WeatherallがDJを務めました。この日のMES氏は非常に体調悪く、見かけもなんだかやばげ。ステージを途中で降りて楽屋で歌ったり、ステージに彼女?が現れたりとなかなかカオスなライブだったようです。ジョーン・ジェット風コスプレの謎の彼女、なかなかパンチが効いておられます。。

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