初春文楽公演レポ

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あけましておめでとうございます。

1/15に国立文楽劇場の初春文楽公演に行ってきました。文楽を観るのは初めてだったのですが、正月3日京都八坂神社の初能奉納を観に行き、いい感じだったので今年は伝統芸能をいろいろ見る年にしようと決め、ネットで値段などいろいろ調べているうちに文楽は一等と二等の席区分があり、二等だと2400円とかなり安価に見れる、ということがわかったので、主にその理由だけで地下鉄堺筋線日本橋駅へ向かいました。
公演は昼と夜の二部構成なのですが、チケットは各部ごとの販売になっており、通しで見ると4800円。それでも一等席の一部料金の6000円より安いとかなりお得です。席は全部で19列あり、二等席はその最後尾の18列目と19列目に当たります。

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先にチケットを二部とも予約して行ってもよかったのですが(インターネット決済とかフツーにあります。発券機は1台しかありませんでした)、上のタイムテーブルを見てもらえばわかる通り、各部がかなりの長丁場です。特に一部は4時間半もあり、まずそれだけの長さ退屈せずに見れるか不明だったのと、2日前に予約してもまだ席に空きがあったのでとりあえず一部だけ買うことに。劇場のチケット売り場前の掲示板では一部の入場開始時点でまだ二部の当日券があるようだったので、おもしろかったら休憩中なんかに二部のチケットを買いに行こうと思いとりあえず入場。

文楽劇場は3階建ての建物で、1階にいい感じの値段の喫茶店や展示室があり(DIY精神に満ちていた)、エスカレーターと階段を上がった2階に劇場と弁当売り場、休憩場が設けられている感じでした。3階には小ホールと資料室があるようですが、今日は閉まっていました。
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劇場ホール内。二等席(18列目)から見た舞台はこんな感じ。手前の17列目でもう一等席で、そこは特に通路を挟まれてる的な違いはなく、この数十センチに3600円の差があります。しかし二等席は人形の顔がギリ見えないというか、顔は見えるけど表情は微妙にわからない、という距離感だったので、もしかすると17列目はそういうのが絶妙にわかり、かつ舞台全体を見渡せるみたいな距離感なのかもしれません。この後通い慣れた雰囲気の和装の帝塚山マダムな方々が座っておられました。

また、上では触れてませんでしたが、タイムテーブルで公演が演目ごとに分かれている通り、その演目だけを見る幕見席という座席も劇場の左右に配置されていて、インターネット予約はできないのですが、だいたい1000円くらいで演目だけを見ることができ、とても便利なシステムだなと思いました。

劇場の広さには少し思うところがあって、これは感想の一部でもあるのですが、なんだか広すぎるな、ということ。見てわかる通り舞台は人間が演劇をやってもおかしくないというか、まさにそのこともメインに考えられたような広さになっていて、そこに人形が動き、ということになると、なんだか書割が妙に大きすぎるように見えたり、写真左の見切れている部分に太夫と三味線の人が座るスペースがあるのですが、太夫の人も声いっぱい張り上げないと音が響かなかったりと、はたして文楽というのはそもそもここまで広い舞台で見るものなのかな?という疑問はかなり感じました。これは「文楽でこのホール満員にすんぞ!!」という気合いで作られたのか、それともいろんな演目やるなら文楽に特化したホールじゃない方がいいよな、という配慮なのか、それともただのオシャレ感なのか、なんなのかはよくわかりませんが、劇場内各所に設置されている「これ文楽と関係あるのか?」としか思えないバブリーな謎の彫刻同様、作られた当初の時代の雰囲気のようなものがよくでていました。鑑賞中も二等席だということも相まってか薄いフィルター越しに水族館の珍しい魚を見ているようなそんな気分で、とにかく劇場の広さにはなんか、伝統芸能とか言ってる最前線の劇場がこんなのでいいのか?という思いをかなり強く感じました。1階の展示室では昔道頓堀に朝日座という劇場があった、みたいなことが書いてありましたが、果たしてそこはどのくらいの広さだったのでしょうか。きっとここまでばかでかくはなかったはずなのですが・・。お客さんも結構入っているはずなのに、劇場の広さで空いているように見えるのもなんだかなあと思いました。なにぶん文楽鑑賞が初めてのにわかなので、これも前の方の一等席で鑑賞なんかすればころっと変わるのかもしれませんが、とにかくそれは唯一ショックを受けた点でした。最前線の劇場がそんなに良くなさそうという・・。ネガティヴな感想は以上です。

 

【第一部】

『寿式三番叟』
30分ほどの演目。3日に八坂神社で見た『翁』は最初翁が舞って、その後仮面をつけた黒い人(にじみでるにわか臭)が踊る、という構成でしたが、こちらは翁っぽい人が踊った後、能にはいなかった若い二人の人形がひたすら踊りまくる、という構成です。二人はそれぞれ曲に合わせて踊りまくるのですが、どんどん疲れてきて、一人がへたりこんでるのをもう一人が励ましあったり、片方に踊らせて自分だけ休んだりしてわりとコミカルに進んでいきます。人形の舞台の後ろでは二段に分かれて三味線と太夫の人が並んでおり、音楽も壮観です。文楽の人形使いの人はあくまで人形使いに徹していて、空気のような影のような存在かと思っていたのですが、ここでは黒子の人が疲れた人形の汗を拭いたりしてあげていて、あ、そういうノリなんだ、という発見があっておもしろかったです。あくまで人形を支えている人というか、人形が演技しているのをそばで見守ってる人みたいな感じなのでしょうか?いずれにせよ二等席なので人形の表情までは見えなかったものの、遠くから見ると人形が本当に小さいただの人に見える瞬間があって、あ、文楽イイな、と思いました。

この演目の後30分の休憩に入り、一部の終演の3時半まで休憩らしい休憩はないので、昼食は必然この時間にとることになります。飲食物は持ち込み自由?らしく(ネットで調べたら黒門市場で弁当買ってきて食う、みたいな話もあり)、半券があれば再入場も自由なので劇場前の信号を渡ったところにあるコンビニとか、近くのうどん屋とか飲食店でご飯を食べることもできるのですが、開場前に歩いてみた感じでは距離感が微妙に30分で間に合わない感じだったので、無難にホールの出口横にある売店のサンドイッチ(620円)を選びました。このサンドイッチがおそらく館内の弁当では一番安く、売店では他にも押し寿しなど様々な弁当が売られていましたが、どれも1500円などまあまあ良いお値段がします。1階の喫茶店もうどん・そばのセットが1500円とか、コーヒー470円とかそんな感じで、祇園の観光客向け喫茶店に迷い込んだような雰囲気でした。上のサンドイッチが売っていたホール横の売店では300円でコーヒーも売っているのですが、熱々でなかなかおいしかったです。

 

『奥州安達原 環の宮明御殿の段』
昼食を終え、時間通りぴったりに始まった演目。上の三番叟はいわば「能で知ってるやつ」だったので、ここからが本当の初文楽でした。この初春文楽公演を終えて初めて知ったのですが、文楽というのはどうも、一つのストーリーを丸ごと上演する、というのは少なくて、何かの話の一段(章分けのこと)だとか、そういう部分部分を上演することが多いようです。能とか狂言だと話は一本ですが、文楽は一つの話が複数の段に分かれていて、例えば『奥州安達原』は全五段で、この「環の宮明御殿の段」だけで約100分の長さがあります。全部の段が同じくらい長いわけではありませんが、そんな感じで全十段とかある話をやろうとすると、長すぎて一々全部上演していられない、という話になります。そんならみんなの知ってる美味しいところだけやればいいじゃん、という発想なのでしょうか。江戸中期から始まったらしいこのような上演形式をミドリと呼び、全段通しで上演することを通し狂言と呼ぶそうです。

で、『奥州安達原 環の宮明御殿の段』、始まり舞台が開くと同時にはらはらと雪が降り、その演出にまず、文楽ってそういうところまでやるんだ、と衝撃。人形を動かしているという時点でかなりそういうリアリティみたいなものはどうでもいいと思っているのかなと思ったら、そうではなくちょいちょいリアルな表現を取り入れています。そこは能や狂言とは違って、ちゃんと物で見せて表現するんだ、ということなのでしょうか。ストーリーはかなり悲惨で、複雑な人間関係の下、最後は自害祭りみたいになるのですが、前段見てないからわかんないんだよなーという部分もあるものの、思ったよりすんなりと見ることができ、最後らへんの親に勘当され浮浪者となり盲目となった娘が年老いた両親に会いに行き三味線で身の上とか思いを弾き語りをして、父親に思いっきり「いや、会わねえよ!!」と門前払いされるあたりとかはあまりのかなしみの深さにかなりぐっときました。正直日本の歴史とか平家物語とかはどうでもいいので、そのあたりはまあ昔はそんな人もいただろ、それが何なんだ?という感じでしたが、こういうストーリー形式で見せられることで、そういう世界にもいろんなことがあったんだなとわかるというか、自分の中のそのあたりの時代に対するイメージに吹き積もっていた埃が少し晴れたような、そんな光がさしたような気分になりました。悲痛な場面での太夫の方の語りも素晴らしく、YouTubeとかで見ると地獄の単調さに聞こえる義太夫も、こうして生で聞くとこんなに感情あるオペラ的なものに聞こえるのかと、そういうことが理解できたのも収穫として大きかったです。

 

『本朝廿四孝 十種香の段/奥庭狐火の段』
これも歴史物で、登場人物は武田勝頼と上杉謙信、etc。上杉謙信の下にスパイで潜入した勝頼が、結婚相手の謙信の娘に再会などするも、思いっきり身元がバレて追っ手をけしかけられたのを、謙信の娘が祈祷することで現れた狐火に助けられ、なんとか逃げ果せることができた、というあらすじ。これは各段とも30分程度の演目でしたが、謙信の娘と勝頼が再会して招待が明らかになっていくくだりとか、謙信の娘の祈りで無数の狐が現れるシーンなんかが舞台的に見てておもしろく、きっと通しで見たらもっとおもしろいんだろうなあ、という印象。思いの外ポップでマンガ化されてもおかしくなさそうなあらすじで、日本人のこういう物語に対するツボって変わってないんだな、という。南総里見八犬伝とか、河出文庫から出てる古典新訳物を買って読もうとして挫折したことがこれまで何度もあったのですが、もしかするとこういうものはこうした形で見るのが一番手っ取り早いのかもしれません。

ここで一部が終了。なんだかんだで話の切れ端だけ見せられてもっと見たいというフラストレーションが溜まっていたのと、どうせなら後日にもう一度ここに来るより今日ここで見てしまった方が交通費が浮く、という貧乏人根性により、まだギリギリ売っていた二部の二等席当日券を購入。『染模様妹背門松』も鑑賞することに決めました。

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【第二部】

『染模様妹背門松』は先の歴史物的な二作と違い、世話物、江戸時代の風俗を描いた作品になっていて、世界観がガラリと変わり一気に下世話に、というか新喜劇的な馴染み深いものになっていて、まずその落差と、一気に大阪の文化!って感じがしてきたことに驚きました。話は通し狂言ではなく、どうも見ている感じでは前半の「油店の段」の前あたりに何かストーリーがあったような感じなのですが、質屋の娘のお染とそこに奉公している久松という丁稚の恋物語になっていて、お染の婚約者(頭が回るし金も持ってる名家のやり手)に関係がバレるわ、子供ができるわ、親にもバレるわ、で最終的に頭に思いつく(というか最初の方からずっと言ってる)選択肢が「死のう!」しかなく、そのままの勢いで突っ走っていくという心中物。たぶん今でいう中学生とかそこらの年齢のカップルだと思うのですが、初めての恋が道ならぬ恋で、その解決策が死ぬしかない、という思い切りの良すぎる設定の狂ってる感が最高で、その疾走感に約3時間、一瞬もダレることなく観ることができました。おそらく「油店の段」の前にあったであろうお染と久松の恋の顛末みたいなものがもっと見れたらよかったのですが、そこは恋じたいも幼いというか、特に理由もなく(久松はお染のえくぼが好きらしい)好き好き言って自滅的に心中に向かってる感じが儚いというか、かなしみ深い感じで味がありました。善六というキャラクターのコミカルな立ち回りもよく、途中太夫の方がアドリブでセリフにPPAPとか『君の名は。』を差し込んだりしていて面白かったです。

 

 

そして終演。あまり売店とかそれに類するものがないので、観た方はもう一斉にただ帰る、という感じで、僕も地下鉄難波駅の方までぶらぶらと歩き、昔この辺りでバイトしていた頃休憩時間に行ってた飲食店の開店状況などを確認しつつ界隈の汚さに勝手にゼツボー感を募らせたりしながら帰宅しました。
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来ている方の客層について。全体的に観に来ている方は年齢層が高めで、おそらく65歳以上の方が全体の半数近くを占めており、その下に端唄とか三味線やってそうな和服姿のマダムや、大学で文楽の研究とかしてそうなおじさん、絶対落語か何かそのへんの業界のそこそこ偉そうな人、家族連れ(といっても子供は20歳くらい)などが続くという感じ。40代のおじさん的な人たちが一番いなくて、僕のような20代で単身観に来ている男の人は意外と数人見かけることができました。人の入りは上でも書きましたが7割から8割くらい。しかしどう考えても劇場が広すぎるので、文楽人気ないな、とかいう感じは一切なく、来ている人は一部寝息などが聞こえる瞬間はあったものの(昼の部)、本当に好きな人が楽しみに観に来ているという感じで、全体的にテンションは盛り上がってる感じ。和気藹々とした雰囲気はホール前の休憩スペースにもあふれており、ソファもいい感じで、劇場自体の居心地は終始よかったです。心配していたドレスコードというか、こんなしょうもない引きこもりの全身ユニクロ人間が行っていい場所なのか、という点については心配なく溶け込める感じでしたが、一切DQNを含有していない質の高い場のオーラに、自分の中に勝手に「ちゃんとしないと・・・ちゃんとしないとこんな場所に来ちゃダメだ・・・・。」という自責の念が生まれ、寝るまで引きずったということだけ記しておきたいと思います。ホール前の休憩場にあれだけたくさんの大阪のおばちゃんがひしめいていて、口々に話しているのにどの人のおしゃべりもはっきりとは聞こえてこない、というのはなかなか斬新な、すごい体験でした。ソファの座り方ひとつでさえ自然と背筋が伸びるような・・。
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最後に初心者の観劇のしやすさについてですが、劇場の上部(上の写真の鯉と額の飾られた下あたり)に字幕が表示されているのと、1階2階にそれぞれあるスペースで650円のガイドブックを販売しており、そこに全演目のあらすじと別個で床本という台本のような小さな冊子がついていて、上映中も夜の場面でない限り場内は明るいので、それを手元に見ていれば言葉使いはもちろん江戸時代とか義太夫節とかのアレなのですが、結構すんなりと世界に入っていくことができ、かなり観やすいです。そして意外と慣れたら字幕を見ずに舞台の人形を観ていた方が話が入ってきたりします。なのでガイドブックを先に買って入ることさえすれば明日にでも見に行って大丈夫だと思います。床本集はふりがなもない、本当にセリフだけがびしっと書かれたストロングスタイルで、こういうの岩波文庫とかでほしいと思っていた自分としてはかなりうれしいおまけでした。

またイヤホンガイドというものも有料で貸し出しされていて、僕は美術館かよと思って借りませんでしたが、ちらほらと借りている方もいらっしゃり、ネットを参照する限りでは結構あった方がいいもののようです。また、従業員の方もかなり多いので、館内で迷うようなことはまずないと思われます。

以上国立文楽劇場で開催された初春文楽公演のレポになります。劇場の変な広さにこそマイナスを感じてしまいましたが、文楽自体は非常におもしろいものであることがわかったので、4、7、11月にある公演も、できる限り見に行きたいと思います。

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